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最終回『鬼滅の刃』がいかに漫画世界を変えたのか賞賛する記事(ネタバレなし)

終わった…
最高の最終話だったのではないでしょうか!
本当に稀代の名作となった『鬼滅の刃』

漫画家でもなく編集者でもなく読者でもない、商業漫画の世界に対しフラットな立場から、いかに『鬼滅の刃』が漫画世界を変えたのか、最終回の2020年5月の空気を忘れないうちに書き留めておきたいと思います。

ネタバレはありませんので安心して読んでくださいね。

読者に漫画の読み方を教えてくれた

漫画でもアニメでも主人公の炭治郎くんが心の声でよく語り、その想いをしっかり伝えてくる。このことは『鬼滅の刃』の特徴であり、よく語られていたことなのではないかと思います。

しかしまずこの心の声、モノローグが多いと言うのは最近の少年漫画の全般的な傾向です。一昔前では少女漫画の技法であったこの心の声の語り。逆に少年誌のヒーローというのは寡黙で、何を考えているのか分からない、憧れの存在として描かれることが多かったと思います。

しかし『ナルト』や『ヒロアカ』の時代から、自分を重ねられる主人公像が多くなってきたんですね。ナルトも緑谷くんも心の内側をよく喋ります。

炭治郎くんも「初期は」感情をよく語ります。しかし実は「しんどい辛い」というのは後半になるにつれて見せ方が変化していきます。どんどん成長して少年から青年に変わっていくんですね。

次第に言葉ではなく目で語るようになっていきます。「いまどんな覚悟で敵を見据えているんだ…」と読者に想像させる、往年の少年誌のヒーローに、短い巻数の中で急成長していきます。

キャラクターの気持ちを想像させてその感情を伝えるのは、読者として求められるレベルが1つ高いと思います。いまそういう描かれ方は青年誌に多くなっています。状況や表情から気持ちを類推するのは、ある程度経験がいるからです。

しかし『鬼滅の刃』は自然にその読み方に慣れさせていってくれたと思います。キャラクターを想像するということは、そのキャラに深く感情移入するということでもあります。深い感動を呼べたのも、炭治郎くんと一緒に読者も成長できたからではないでしょうか。

切ない、悲しいと言う感情を乗り越えることができた

東日本大震災から約10年。未曾有の大災害が社会に与えた心理的影響は、その後の作品にも現れたと思います。社会的ヒット作というのは当然その時代の社会が求めるものが現れます。

2016年の社会的ヒット映画「シンゴジラ」「君の名は」という作品。まさに再生をしていかなくてはいけない、というメッセージでした。そしてそれから4年。

この10年間、無意識のうちに大人たちが封印してきたものがあったのだと思います。それが「死を美談としてしまうこと」

多くの死を目の当たりにし、その現実を美談にすることは許されなかった。死には良い側面もある、なんて口が裂けても言えない。いつのまにかそう心に刻み込んだのではないでしょうか。

そこからの「赦し」が『鬼滅の刃』にはあったと思います。死というものを儚く美しく、そして一種の救いであるかのようにも映す。しかし決して軽んじるわけではなく、故人を偲ぶ。

誰にも必ずやってくる、避けようのない「死」に、ただ目を背け続けるのは、僕らにとって苦しいことだったのではないかと思います。死を受け入れる、死への感謝、のような感覚は、知らず知らずみんなが求めていたものだったのではないでしょうか。

炭治郎くんが手を合わせて祈ってくれる。そういう姿を見せてくれる。僕はこの姿が多くの日本人を救ったと思います。

難しい現代を創意工夫でまっすぐ乗り越える

炭治郎くんは案外戦略家なんですよね。かなわない敵に策を巡らせてなんとか打ち勝とうとする。その姿勢は1話目から現れてますよね。どうやって強敵に挑もうとしたか覚えているでしょうか。

ジャンプでいうとこれまでのキャラクターは、圧倒的な自分の不利を、何らかの能力の覚醒などで打ち勝ってきたと思います。卍解したりギアセカンドしたりワンフォーオールしたり。どれも大出力で使いこなしにくいものを、なんとか使いこなす気持ち良さを描きます。

でも炭治郎くんは残念ながら…いろいろ授かるんですがそれでも全然足りないんですよね。その授かったものや手に入れたものでも基本太刀打ちできず、なので常に創意工夫が求められる。ここに現代感覚がある気がします。

この現代って本当に一筋縄にはいきません。新型ウィルスも人類総出で模索して解決策を探していますよね。今のみんなの感覚とシンクロする部分があると思います。

自分にあるものを信じて、それを駆使して戦っていく。工夫して苦労して、立ち向かう。戦略を練るタイプのキャラは捻くれてたり拗れてたり眼鏡クイしがちですが、そうじゃなくて、今あるもので戦う姿をまっすぐに描く。その姿に勇気づけられるんですよね。

炭治郎くんの自分への鼓舞や自己肯定感に着目している人は多いと思いますが、何もないところへの鼓舞でも応援でもないんですよね。培ってきた自分で戦うしかないんだ、という強いメッセージがいま響くのだと思います。

引き伸ばさず展開するストーリーの醍醐味

20巻前半でしっかり終わる連載って相当珍しいのではないでしょうか。人気作品になると引き伸ばし引き伸ばし…という、なかなか進まないストレスを感じている読者は多いと思います。

人気作品は30巻超えって当たり前、という状況はここ20年ですっかり定着してしまっています。これは新規で読み始める人にはハードルが高く…いいこと少ないんじゃないかと思ってしまいます。

(とはいえ最近の作品は強引な引き伸ばしってなくなっているように感じます。『暗殺教室』『黒子のバスケ』など、作者の終わらせたいところで終わらせてくれるのは嬉しいですね。)

本来漫画というのは読書時間に対する情報量が圧倒的で、短時間で濃いストーリーを味わえるものでした。漫画版ドラゴンボールを今読み返すとその展開の早さに驚くと思います。フリーザ編がちょうど22巻くらいですよね。

このぐいぐい読者を引っ張っていく、ラストに向けて突き進んでいく感覚。少年時代にジャンプを読んでいた読者には懐かしく、スマホゲームやYouTubeの5分のエンターテイメントに慣れている年代にもハマるのではないでしょうか。

20巻くらいだからこそ、ラストバトルにそれまでのキャラクターが勢ぞろいできるんですよね。強いキャラクターたちが集まることでの熱狂が生まれます。これがあと10巻長くて10人多かったら…なんかたくさんいる…ってなっちゃうと思います。

漫画が描くことができる濃さと、そのために生まれる熱狂、これを見せつけてくれたのは、これからの漫画制作のあり方に一石どころか百石くらい投じたと思います。しっかり受け止めたいですね。

志望者を増やす、リアル志向の絵柄からの転換点

ストーリーだけでなく、絵としての見せ方もエポックメイキングだったと思います。

『デスゲーム』あたりから始まった週刊連載の画力のインフレ。今のジャンプって本当にリアルで美麗な絵の漫画が多いと思います。もちろんそういう作品に敬意しかないのですが、漫画をこれから描きたいぞ、と思わせるには…ハードルが天空に届いてますよね。

そこにきて『鬼滅の刃』の吾峠呼世晴先生の画風はとても親みやすく、リアルな写真風の絵とは違った、タッチを生かした絵としての良さが詰まっていると感じます。Gペンの音、インクの匂いまで感じ取れそう。「私も描いてみたい」と思わせる力がありますよね。

瞳の中心が白く抜かれていることに、絵を描く人は気づいていると思います。しっかり見つめていつつも、どこかミステリアス。惹きつけられます。

おそらく漫画家志望者がグッと増え、きっと投稿作品も増えるのではないかと思います。描きたいと思わせる漫画がこんなにヒットしてくれたのは、漫画の未来を明るく照らしますね。

ついでに出版の話をすると、売り上げ的にも減少を続けてきた紙の出版が『鬼滅の刃』の効果で上向きに転じました。20年続いてきた減少を一本の作品が止めたんですよ。書店も自粛が続いていますが、まだ出版業界の落ち込みは少ないそうです。

本当に読まれる作品を作れば、紙の本も買ってくれるんだということ。描き手だけじゃなく、漫画や本が好きで届けていきたいと願う人たちにも、希望の光を灯したと思います。1つの作品の頑張りで出版業界を救うって…まるで炭治郎じゃないか!

最終話に滲む…吾峠先生からのメッセージ

紡いでいく、繋げていく。というテーマをしっかりと感じさせる、これ以上にないエンディングだったと思います。

読んだ人はわかると思いますが、まるで作者の吾峠先生から、支えてくれた人たちに向けて「ありがとう」と言っているのが伝わってくるかのようでした。

炭治郎くんから、いまの現代を生きる人たちに、僕たちに、紡いで届けていく。「この作品はみんなに返すよ」という、もしかしたら100年後200年後、落語のようにアレンジされたり、文化祭の演目にもなるかもしれない。さまざまな形で語り継がれる、そんな未来さえも見えてきそうな、作者の吾峠先生のやさしさに溢れた最終話だったと思います。

物語とは「伝承」であるということ、受け継いでいくものであるということ。その原点を思い出し、日本人の魂を揺さぶる、稀代の名作。

最後まで完遂させた吾峠呼世晴先生、編集部編集者のみなさんに最大限の賛辞を送りたいと思います。ブラボウ!

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